脱出計画書を人数分コピーして配布した。中身は白紙だが、士気だけは上がった。
「ペンは剣よりも強し」 ── エドワード・ブルワー=リットン
KASN(コピー機の民)型の人々は、危機において「何かしなければ」という衝動が最も強いタイプです。そして重要なのは、その「何か」の中身を精査する前に、体が動いてしまうことです。閉じ込められた翌朝、店内の全員の枕元に、A4の紙が置かれていました。「脱出計画書」と題されたその紙を、あなたは夜通しコピーしていたのです。中身は白紙でした。
誤解のないように言えば、白紙だったのは怠慢ではありません。「計画はこれからみんなで書き込むもの」という参加型の設計思想です。思想は立派でした。ただ、誰も書き込みませんでした。
KASNの本当の武器は、成果物ではなく運動量です。あなたが店内を駆け回り、紙を配り、ホワイトボード(存在しないのでダンボール)に矢印を書き込む姿は、内容と無関係に「何かが前に進んでいる」という感覚を集団に与えます。実際には何も進んでいません。しかし、絶望とは「何も進んでいない」という感覚から生まれるものであり、あなたはその感覚だけを正確に破壊し続けているのです。ある意味、最先端のメンタルケアです。
15日目、コピー機のトナーが尽きます。それはあなたの燃料が尽きた日でもありました。配る紙を失ったあなたは、急速に静かになります。仲間たちは初めて気づくのです。あの無意味な紙の配布が、毎朝の目覚まし時計であり、日付の感覚であり、日常だったことに。あなたの葬列には、全員が白紙の計画書を持って並びました。最後まで、誰も何も書きませんでした。